理系脳の育て方|「なんで?」が止まらない子の好奇心を、消さずに伸ばすには

草原で空を指さす子どもと、手をつなぐきょうだい 子どもとまなぶ
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「なんで空は青いの?」「これ、どうやって動いてるの?」——お子さんの問いが止まらなくて、答えに困ったこと、ありませんか。

その「なんで?」が、いちばん強く出る場所があります。科学館や博物館です。展示の前でぴたりと足が止まり、質問が次から次へと湧いてくる。あの時間です。

そして、その止まらない「なんで?」こそが、理系脳の芽です。

この記事は、理系か文系かで分ける話でも、「今から急がないと」と背中を押す話でもありません。その「なんで?」を、消さずに育てていく話です。

書き手は教育の専門家ではありません。美術館や博物館によく足を運び、子どもが何かに夢中になる姿を見てきた一人です。

先にお伝えしておくと、「手遅れ」も「損」も、この記事には出てきません。どうぞ、肩の力を抜いて読んでください。探しに行く必要のあるものは、ひとつもありません。

「理系脳」の正体は、じつは「なんで?」が消えていないこと

まず、いちばん知りたいところからお答えします。理系脳とは何なのか。

結論から言うと、それは特別な才能の名前ではありません。むしろ、どの子ももともと持っているものが、消えずに残っている状態を指しているように思います。順を追ってご説明します。

よく言われる「理系脳」の中身——論理的に考える、仕組みを知りたがる

一般に「理系脳」は、こんなふうに説明されることが多いようです。

物事を順序立てて論理的に考えられる。数や量の感覚に強い。ものの仕組みを知りたがり、「なぜそうなるのか」を掘り下げていく。——おおむね、この三つが挙げられます。

こう並ぶと、いかにも生まれつきの資質のように見えます。実際、「うちの子はそういうタイプではないかも」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。

けれど、少し立ち止まってみたいのです。この三つは、どこから始まるのだろう、と。

でも、その入口はどの子にもある——「なんで?」という好奇心

説明をたどっていくと、どれも同じ場所から始まっていることに気づきます。

論理的に考えるのも、仕組みを知りたがるのも、その手前に「なんで?」がなければ始まりません。問いが立たなければ、考える理由がないからです。つまり順番は、好奇心が先で、論理はあとです。

そして、この「なんで?」は、理系の子だけの特権ではありません。どの子も、生まれたときから持っています。空はなんで青いのか。なんで水は流れるのか。あの人はなんで泣いているのか。向かう先が違うだけで、問いそのものは、みんなの中で同じように動いています。

学びの土台は好奇心にある、という考え方は、教育の場でも繰り返し語られてきました。理系脳の話も、たどればそこに行き着くのだと思います。

だとすれば、問いは「うちの子に理系脳があるか」ではなくなります。その「なんで?」が、今も消えずに動いているかどうかです。

だから「うちは文系だから」で、早々に分けなくていい

ここで、ひとつだけ受け止めておきたいことがあります。

ご自身が文系だと、「うちの子も文系かな」と、つい思ってしまう。理科も算数も苦手だったし、聞かれても答えられる自信がない。——口に出すことはなくても、心のどこかで、そっと線を引いてしまう。その気持ちは、よく分かります。

でも、その線は引かなくて大丈夫です。理由は二つあります。

ひとつは、そもそも脳を理系と文系にきっぱり分けられる、という考え方自体を、慎重に見る向きがあることです。子どもの中では、両方の芽が同時に育っています。早く分けるほど、育つ前の芽を見落としやすくなるのではないでしょうか。

もうひとつは、もっと現実的な話です。子どもを理系に育てるために、親が理系である必要は、まったくありません。答えを教えられることより、はるかに効くものがあります。それは、子どもの「なんで?」を一緒に面白がれることです。

理科が苦手でも、「ほんまやな、なんでやろ」と一緒に首をかしげることはできます。むしろ、答えを持っていない親のほうが、そこは自然にできるのかもしれません。

では、その「一緒に面白がる」を、家庭でどう続けていくか。次の章でお話しします。

家庭でできる、いちばんの育て方——「なんで?」を消さないこと

特別な教材を買う前に、早期教育を調べ始める前に。家庭で今日からできて、いちばん効くことがあります。

拍子抜けするほど、単純なことです。

答えを急がない——「どうしてだと思う?」と返すだけでいい

子どもの「なぜ?」への向き合い方について、教育や発達の分野では、繰り返し言われてきたことがあります。すぐに答えを与えるより、「どうしてだと思う?」と問い返し、一緒に考えるほうがいい、という話です。答えを渡すのは、そのあとでも遅くない、と。

ここからは、紹介ではなく、私が考えていることを書きます。美術館や博物館で、子どもたちが何かに夢中になる姿をたくさん見てきた一人として、私もそう思うのです。

展示の前で「なんで?」が出たとき、大人がすぐに答えを言ってしまう場面をよく見かけます。親切から出た言葉です。でも、そのあと子どもの顔から、すっと熱が引いていくことがある。答えが手に入った瞬間に、問いのほうが終わってしまうからでしょう。

反対に、「なんでやろな」と返された子は、まだ展示の前に立っています。もう一度覗き込んで、別の角度から見て、次の「じゃあ、なんで?」を連れてくる。答えが出ないあいだ、問いは生き続けているのです。

育てたいのは、答えを知っている数ではないのだと思います。問い続けられること、そのものです。

だからでしょうか。理系脳は、育てるものというより“消さない”もの。答えを教えるより、「なんで?」を一緒に面白がり続けること——それが、いちばんの育て方だと思っています。

「AI時代だから急がないと」は、いったん脇に置いて

そうは言っても、と思われるかもしれません。

「AIがこれだけ進んでいく時代に、うちの子は大丈夫かな」。そんな不安が、ふっと湧いてくることがあります。何かを早く身につけさせないと間に合わないのではないか、と。大切に思っているからこそ湧いてくる感情で、とても自然なものです。

そのうえで、いったん脇に置いてみませんか。

好奇心は、締切のあるレースではありません。何歳までに完成させるものでもなく、日常の中でゆっくり育ち続けていくものです。そして、焦って先に進ませた知識は、案外あっさり抜けていきます。「覚えなさい」と渡されたものだからです。

一方で、自分の「なんで?」から始まって手に入れた答えは、しつこく残ります。自分で問うたぶんだけ、根が張るのだと思います。

急がせるほど、その根は浅くなる。だとしたら、遠回りに見えるほうが、結局は近道なのかもしれません。

図鑑も、家の中の「どうして?」も、同じ栄養になる

では、日々の暮らしで具体的に何をすればいいのか。特別な道具は、何も要りません。

図鑑を一緒に眺めるのは、やはりいい時間です。答えを調べるためというより、ページをめくりながら「これ、なんやと思う?」とやりとりする時間のほうに、栄養があります。

台所も、意外といい場所です。なんで卵は焼くと固まるのか。なんで氷は浮くのか。答えられなくても構いません。「なんでやろね」で十分です。

散歩の途中で見つけた虫や、夕方の空の色も同じです。立ち止まって、一緒に不思議がる。それだけで、「なんで?」は消えずに残ります。

気負う必要は、まったくありません。むしろ、気負わないほうが続きます。続くことが、いちばん効きますから。

ただ、家の中だけだと、「なんで?」が出てくる回数には限りがあります。もっとずっと、それが立ち上がりやすい場所があるのです。次の章では、その場所の話をします。

「なんで?」がいちばん立ち上がる場所——科学館・博物館で観察する

家の中でも、「なんで?」は生まれます。ただ、密度がまるで違う場所があります。

科学館と、博物館です。

展示の前で足が止まる瞬間が、理系脳が動いている瞬間

あの場所には、日常にないものばかりが並んでいます。見上げるほど大きな恐竜の骨格。触れて動かせる歯車やてこ。ボタンを押すと目の前で起きる、説明のつかない現象。

日常では、子どもの「なんで?」は暮らしの流れに追い越されていきます。ごはんの時間、出かける支度、寝る時間。問いが浮かんでも、次の用事が先に来る。でもあの場所には、追い越してくる用事がありません。立ち止まっていいことになっている場所なのです。

だから、よく見える瞬間があります。

歯車を回す展示の前から、なかなか離れない子。何度も何度もボタンを押して、同じ動きを繰り返し確かめている子。骨格の前で「なんでこんなに首が長いの?」と言ったきり、答えを聞く前に次の質問を重ねていく子。

そういう場面に出会うたび、思います。足が止まった場所こそ、その子の「なんで?」が動いた場所なのだと。

お子さんは、どうでしょうか。どの展示の前で、動かなくなりますか。

思い出せなくても、まったく問題ありません。今度の休日に、うしろから眺めてみてください。特別なことは何も要りません。ただ、どこで足が止まるかだけを見ていればいいのです。診断チャートより、ずっと確かな材料になります。

観察の練習に、当ブログの科学館・博物館記事も

もし、「どこをどう見ればいいのか、もう少し具体的に知りたい」ということでしたら、当ブログの訪問記事も、よければ観察の練習にどうぞ。

[国立科学博物館]と[大阪市立自然史博物館]の楽しみ方を書いています。どちらも、「役に立つか」ではなく「面白いか」で見てまわった記録です。子どもの見方に、案外近いかもしれません。

すでに行ってこられた方は、読み飛ばしていただいて大丈夫です。大事なのは記事のほうではなく、あの場所でのお子さんの顔ですから。

観察できたら、その「なんで?」を家の外でも動かしてみる

観察してみると、たいてい何かは見えてきます。仕組みが動くものに引きつけられるのか、生き物のほうなのか、ひたすら手を動かしたがるのか。

在り処が見えたら、次はどうするか。

机の上で「この子には何が向いているんだろう」と考え続けるより、その好奇心が実際に動く場に、一度置いてみるほうが早いと思います。考えてから見るのではなく、見てから考える。順番を入れ替えるだけで、判断はぐっと楽になります。

幸い、子ども向けには、そうやって試せる場が用意されていることが多いものです。次の章では、その話をします。

その「なんで?」を、手で確かめる場——ものづくり・プログラミングの教室という選択肢

観察で「なんで?」の在り処が見えてきたら、次の一歩です。

とはいえ、何か大きな決断をする話ではありません。一度だけ、試してみる話です。

「考える」に「手で確かめる」が加わると、「なんで?」はもっと動く

博物館や科学館の「なんで?」には、ひとつだけ物足りないところがあります。

答えが、返ってこないのです。展示は動きを見せてくれますが、「なんでそうなるの?」に返事はしません。子どもは不思議を抱えたまま、次の展示へ歩いていきます。それはそれで豊かな時間なのですが、問いは宙に浮いたままです。

ところが、手を動かす場では、返事が返ってきます。

自分で組んだものが、動かない。どこかを直すと、今度は動く。方向を変えたくて別のところをいじると、また止まる。手を入れるたびに、正解と不正解が目の前で返ってくるのです。これは、考えるだけでは味わえない手ざわりだと思います。

観察して、なぜだろうと考えて、手で確かめて、また考える。博物館で始まった一周が、ここで閉じる感じでしょうか。

もちろん、そこに行けば必ず伸びる、という話ではありません。ただ、その子の「なんで?」が動く可能性が高い場ではあると思います。

ロボット教室・プログラミング教室という一例——体験しやすい入口として

ひとくちに「手で確かめる場」と言っても、中身はさまざまです。ロボット教室、プログラミング教室、科学実験教室。ロボット教室の中にも、レゴ社の教材を使うところもあれば、独自開発の教材を使うところもあります。どれが良い悪いではなく、系統によって色が違う、という話です。

そのうえで、「初めての体験に向いている一例」を、ひとつ挙げておきます。ヒューマンアカデミージュニアの教室です。好みではなく、条件で選べるという理由からです。

ヒューマンアカデミージュニア ロボット教室は、全国47都道府県に2,000教室以上あり、累計10万人以上が学んできました。対象は年中・年長さんから小学生まで。数が多いぶん、近所に教室がある可能性が高く、体験の機会も見つけやすいところがあります。教材を監修しているのは、ロボット電話「ロボホン」や宇宙に行った対話ロボット「キロボ」を手がけた、ロボットクリエイターの高橋智隆氏です。

もうひとつ、ヒューマンアカデミージュニア こどもプログラミング教室もあります。こちらは全国600教室以上、対象は小学1年生から(推奨)。マウスの操作から始められる設計なので、パソコンに触れたことがなくても大丈夫です。

どちらも体験授業は無料で受けられます(※一部、無料体験を実施していない教室があります)。

年齢で自然に分かれますが、迷われたら、お子さんの「なんで?」がどちらを向いているかで考えてみてください。手で組み立てて動かしたいのか、画面の中で思いどおりに動かしたいのか。どちらが上ということはありません。

もちろん、他の系統の教室で体験しても構いません。次にお話しする「見るポイント」は、どの教室でもそのまま使えます。

体験で見るのは「できたか」より「もう一回やりたがったか」

いざ体験に行くと、つい完成度を見てしまいます。「うちの子、ちゃんとできているかな」と。でも、上手にできたかどうかは、実はあまり判断材料になりません。初めてなら、できなくて当たり前だからです。

見てほしいのは、むしろうまくいかなかった瞬間です。動かなかったとき、手が止まって先生の顔を見るのか。それとも、勝手にどこかをいじり始めるのか。博物館で展示に張りついていた、あの顔をしているか。

そして、いちばん確かなサインは、終わったあとに出ます。「もう一回やりたい」と言うかどうかです。帰り道に「あそこをこうしたら動いたと思う」と話し出したら、それは「なんで?」がちゃんと動いた証拠です。

逆に、ずっと退屈そうで、感想も出てこないなら——それが分かったことも、りっぱな収穫です。観察が一つ進んだということですから。

体験を予約する前に、ひとつだけ

最後に、ひとつだけ念を押させてください。

体験に行くのは、入会を決めに行くためではありません。判断材料を持ち帰る場です。その場で決める必要は、まったくありません。お子さんの「なんで?」が、本当にそこで動くのか。それを確かめに行くだけです。

合わなければ、通わなくていいのです。「合わないと分かった」なら、その体験は、この記事を読んだ目的をきちんと果たしています。

手続きも、難しいことはありません。近くの教室を探して、日程を選ぶだけです。ちょうど夏休みですから、観察は今度の休みに科学館で、体験はそのあとにでも——そんな順番で、ちょうどいいと思います。

ヒューマンアカデミージュニアの体験授業は、公式サイトから、お近くの教室の対面授業をWEBで予約できます。

対面の体験授業を予約する

行くだけ行って、見るだけ見て、決めるのはそれから。ここまで読んでくださったあなたなら、何を見ればいいかは、もう分かっているはずです。

まとめ——理系脳は、育てるより「消さない」

最後に、そっと振り返ります。

理系脳は、診断で分けたり、教材で急いで作ったりするものではないのだと思います。根っこにあるのは、どの子にもある「なんで?」です。空はなんで青いのか、これはどうやって動いているのか。あの問いが消えずに残っているかどうか、それだけの話です。

だから、理系脳は、育てるものというより“消さない”もの。答えを教えるより、「なんで?」を一緒に面白がり続けること——それが、いちばんの育て方だと思っています。

順番も、そんなに複雑ではありません。まず観察する。科学館や博物館で、お子さんがどこで足を止めるかを、うしろから眺める。次に、家でその「なんで?」を消さないでおく。答えを急がず、「どうしてだと思う?」と返すだけで十分です。そして、方向が見えてきたら、手で確かめられる場に一度だけ置いてみる。

観察して、消さずにおいて、確かめる。焦らなくて大丈夫です。好奇心に、締切はありませんから。

ひとつだけ、書き添えておきたいことがあります。

「なんで?」に付き合ってもらえた子は、たぶん、答えの数より大きなものを持ち帰ります。分からないままでいることは、怖くないという感覚です。

大人になると、私たちはつい、分からない状態から早く抜け出そうとします。答えを探して、片づけて、次へ行く。けれど、何かを本当に面白がれる人は、分からない時間のほうに居座れる人です。動かないロボットの前でも、まだ解けない問いの前でも、そこに留まっていられる。

それは、教えて身につくものではないのだと思います。「なんでやろね」と一緒に首をかしげてもらった時間が、そのまま体に残るのでしょう。理系脳という言葉の中身は、案外そういうものかもしれません。

その時間を渡せるのは、答えを知っている人ではなく、隣にいる人です。

なお、理系にかぎらず、お子さんの好奇心全般から習い事を選ぶ話は、こちらの記事に書いています。

よい時間を。

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